被災MAP
2011年3月24日
被災状況写真(3月23日撮影)
3月23日撮影。カンノ様より写真をご提供いただきました。一部をご紹介いたします。
※キャプションはボランティアチーム。
坂元の国道6号線から海をのぞむ。震災前には松の防風林にさえぎられて海が見えることはなかった。
上写真の反対側。町民にはおなじみの「松村クリニック」「にいの歯科」の建物が、流されてきたゴミに埋もれている。この地区の誰もが「どんな津波も6号線を越えることはない」と思っていた。
6号線沿い、上平(かみだいら)地区のローソン。
磯浜漁港。手前に見えるのは漁協の荷捌場と思われる。建物は完全に流され、土台だけが残っている。
磯浜周辺の堤防(陸側から撮影)。堤防のコンクリート面が崩れてしまっている。どれほどの力が加わったのかとても想像できない。手前の川のように見えるところは道。
上の写真の堤防の上からの写真。
中浜地区。常磐線の線路。
中浜地区。左の青い橋の上に線路があったはずだ。向こうに見えるのが中浜小学校。
中浜地区で活動中の消防団の皆さん。震災の夜、津波で取り残されたたくさんの町民を彼らが救ってくれた。
中浜地区。倒壊した家屋。
中浜小学校。中浜地区で形をとどめている建物は他にはほとんど無い。2階の天窓まで水に浸かり、避難した子供たちは救助されるまで屋上で一夜を過ごした。
中浜地区の住宅街。古くからの集落で、家々が軒を連ねていた。今は土台しか残っていない。新聞やテレビにはガレキの山が多く使われるが、「何も無い」この写真こそ津波の恐ろしさを物語ってはいないだろうか。
坂元駅東側周辺。向こうに見える建物は常磐自動車学校。路上教習中に津波に襲われて今も行方不明となっている生徒・教官がいる。
上写真の周辺で撮影されたと思われる。一見、砂浜のように見えるのは津波によって運ばれてきた砂と思われる。土台石の並びを見ると大きな建物があったように思えるが、あまりの変わりように地元民の我々でも写真だけでは判別できない。
笠野地区周辺。コンクリート部分しか残っていない。
笠野地区。浜街道から環境衛生センターが見える。以前は視界を遮っていた松林も流された。
笠野地区の八重垣神社。倒れた鳥居が奥のほうに赤く見える。
山下駅周辺。建物は形をとどめているがすべて水に浸かった。
山下駅周辺。作業している人たちの向こうに、車が不自然に積み重なっているのが分かるだろうか。
牛橋公園。街灯の鉄柱が折れ曲がっている。
牛橋公園の周辺。車の壊れ方が津波の威力を物語っている。





















